インタビュー Interview

きもの、その奥深き世界

日本の装い文化や歴史、伝統技術などに造詣の深い有識者の方々にお話を伺っていきます。 インタビュアーは日本和装卒業生で「きもの大好き!」な大森由貴子。 ぜひ、きものの奥深い世界に触れてみてください。

第1回

武蔵大学 人文学部 日本・東アジア文化学科教授

丸山 伸彦 氏

きものは民族衣装になっていない。
日本人の生活にまだしっかりと根差しているからです。
先生がお考えになる和服の魅力とは?

インタビュー画像 かつて日本人は、非常に高度な文化を持った中国にずっと憧れていたんです。6〜7世紀まで左前の左衽(さじん)形式中心だった衣服の合わせも漢民族の衣服形式に倣って右前に標準化されていきましたし、染色の技術や、家紋などに多く見られる梅や菊も、中国から伝わったものです。でも日本のすごいところは、自分たちのものにすぐ変えてしまうこと。きものはその典型ですね。

どんなところが日本独自なのですか。

文様を自由に衣服の上に展開したことです。しかも特権階級や演劇といった特別なものではなく、江戸時代の町人という不特定多数の人々の間で、あれほど幅広く多様に展開した文化圏というのは日本以外にはありません。これは非常に特別なことなんです。

といいますと?

中国やヨーロッパの衣服はパターンなんです。だから衣服の形式としては立派に見えますが、文様で遊ぶという要素はほとんどありませんでした。一方、四季のある日本では昔から多様な植物など、森羅万象をモチーフとした文様が家紋などを通じて蓄積されていて、その文様が17世紀半ば、知識レベルの高い江戸時代の町人たちによって小袖の中で展開していきます。結果、今の我々の感覚に近い流行と呼べる現象が起こります。これはヨーロッパより100年も早い。つまり、もともとモードの国というのは日本だったのです。日本人はそれを忘れてしまっているんですよ。そうした文化を思い出してほしいですし、もっと誇りに感じてほしいですね。

日本の文様が世界ではじめての流行を生み出したなんて驚きです。

インタビュー画像 衣服は肌着に近いものがどんどん上着化してくる。それを表衣脱皮といいます。実用性の高い衣服、庶民の衣服に近いものが上着化していく、つまり下位のものが上位のものに取ってかわるのが形式昇格です。形式昇格と表衣脱皮が繰り返し起こってきた結果、一番肌に近かった小袖が中世の終わりから男女とも上着化していきます。中世までは衣服の形式で性差を表現していたのに、小袖が上着になってしまったことで性差が表示できなくなってしまった。そこで文様で性差を表示しようと、それまでほぼ男女共通であった小袖の文様構成が急速に動き出していったのです。さらに数世紀もの間、小袖の文様は左右対称だったのに、わずか半世紀で左右非対称のものも普及しました。

日本の文化というのは、とても豊かなものだったのですね。

インタビュー画像 江戸時代に活躍した宮崎友禅は友禅染の創始者といわれていますが、彼はもともと扇絵を描くデザイナーで、友禅染の技法には一切関わっていないんです。なのにどうしてこんなに友禅が有名になったかというと、今の友禅染のもととなる技術を持った工房が出版という当時の最新メディアと結びついて、友禅染を売り出していくためにアドバルーンとして友禅のネームバリューを使ったからなのです。友禅はいわば当時のメディアが作り上げたスターで、同時に世界ではじめてブランドイメージが作られた人物でもありました。

今後、日本人にとってきものはどんな存在になっていくのでしょう。

筒袖、ズボンが基本形の洋服は、人体に近いから着ていて一番ラクなんです。だから、きものはもう標準の衣服には成り得ない。衣服の歴史では形式昇格や表衣脱皮といった変化がありますが、これまでは一方通行のものでした。たとえば束帯は現在も天皇家の儀礼などで用いられていますが、平安時代のような日常的空間に戻ることはありません。ただ、技術の進歩やそれらを取り巻く環境が等身大の人間を超えてしまっている現在は、価値観が根底から大きく変わる可能性も高いため、洋服の均一化にともなってコアなきものファンや知識を持ってきものを楽しむファンが戻ってくるんじゃないかと思っているんです。それにきものを民族衣装というと違和感がありますよね。卒業式やお正月には普通に着る人がたくさんいて、まだ生活にしっかり根を張っているからですよ。民族衣装になっていないということが、きものの骨太さだと思います。

「きものを世界遺産にするための全国会議」について、先生のご意見などをお聞かせください。

「文様を中心とした衣服」としての先進性を前面に出したいですね。極端にいえば、きものとは文様を着るための衣服なんですよ。江戸後期になると小紋とか無地とか縞だとかが流行しますけど、あれも一度、文様の巨大な流行の世界を経験しているから粋に感じられたんです。ですから文様を前面に押し出していくことが、日本の文化の特異性、特質というのを一番アピールできるところだと思います。世界遺産もそうですけれど、結局、外部からの評価が大きな意味をもってくる。レディ・ガガがきものを着てSNSなどで発信すれば影響力があるでしょう?そういったものが積み重なっていけば大きな潮流になると思います。

丸山 伸彦 先生 プロフィール

  • 1983年 東京大学文学部美術史学科卒業
  • 1985年 東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了(専攻:日本美術史)
  • 1985年 国立歴史民俗博物館助手
  • 1997年 国立歴史民俗博物館情報資料研究部助教授
  • 2000年 金沢美術工芸大学助教授
  • 2003年 武蔵大学人文学部日本・東アジア文化学科教授

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